よくある質問
人智学舎Q&A
Q. 形而上学とは何なのですか。
A. 形而上学とは「自然界に存在する物質・非物質の本質を探究する哲学」のことです。つまり、物質や精神とは根本的にどのようなものなのか、どのように影響しあっているのかということを研究する哲学なのです。
Q. 哲学とは科学と同じものなのでしょうか。
A. 哲学とは「真理を探究する学問」と言う意味なのですが、科学とは少し異なるのです。元々の発祥は科学も哲学も同じであり、区分はなくすべて哲学だったのです。それが技術の発達により哲学理論を器具等を使って立証する事が可能になってきました。その最初が「錬金術(れんきんじゅつ)」と呼ばれるようになったのですが、一般で言われているような「金を生み出す術」ではありません。複数の要素から新たなる要素を生み出す、つまり「化学」の事となります。それを昔は錬金術と呼んでいたわけです。
このように哲学を器具によって再現することを任務とし発達したのが「化学・科学」ですが、すべてを科学器具によって証明できるわけではなく、その科学に直感を授けるものとして哲学も発達してきたのです。哲学は現代で言えば「理論科学」と言い換える事ができるかもしれないですね。
Q. 人智学とは何なのですか。
A. 神秘哲学の理念である「人は小宇宙であり、宇宙の摂理を学ぶ事により人と宇宙の繋がりを探求する」という考えを継承しつつ「人とは何か?」ということを特化探求し「人の持つ宇宙の力を活用する」ことに重きをおく応用哲学のことです。
応用哲学は古来「妖精術・高等魔術・仙術・古代神道」として継承されているのですが、現代には一部の組織の者以外知る者はいないと思います。
当会は吉田法術として古代神道を継承している、我が国では唯一の組織となります。(ほとんどが迷信化されている)
Q. 法術についてよく分からないのですが、どのようなものなのか教えてください。
A. 法術は二つの要素で構成されています。
一つは「理論教義」であり、宇宙の法則とその一部である「人との繋がり」を探求する法の教義。
二つ目は「理論に基づいた技術」であり、宇宙に遍満している力は人にも同じ作用をしているため、その力を発動させるための方法(応用技術)である術の開発と使役(使う)。
この二つの要素である「法と術」を併せて利用するため「法術」と呼んでいるわけです。
この法術には二種類あり「宇宙(自然界)の法則に基づいている」ものと「その法術が形式化して生まれた宗教的法術」の二種となります。形式化した法術が様々な宗教に導入され、日本では「神道(古神道・現代神社神道)や仏教(密教・修験道)」に応用され海外では「宗教的魔術・宗教的道教」等に変化して伝わったのです。
しかし、その基になった「法術」は「人は皆同じであり、特別な人は一人も存在しない」という教義であるため、時の権力者や権力と尊敬を集めたい人たちには都合が悪く、そのため教義を変えて伝えられたものが「宗教の始まり」となります。更に真正法術には訓練が必要なため、当時「権力者や疫病に悩まされ、生きていくのが精一杯」だった人たちには訓練に臨む余裕はなく、「経文を唱えるだけで極楽へ行ける」「神に祈り許しを乞えば天国に入れ、幸せになれる」等の簡略化された教えが当時の人たちの心をつかみ現代に至っているわけです。
このような「宗教的考え」は当時の人たちの心を補うものであり、現実には「耐えるしかない」ということにはかわりがなかったです。このことは歴史を振り返り考察すれば良く理解できると思います。
Q. ホームページに自己啓発と記されてありましたが、法術は自己啓発になるのでしょうか?
A. 自己啓発とは「自己の能力を高め、より高い人格を獲得する」ことで、「よりよい生きがいを見つけるのが上手くなり、集中力や決断力・人間関係の改善、行動力や適切な問題解決能力等、精神を向上させることにより肉体も合わせて追従させ、その結果充実した人生を体感する」と認識しています。
法術の訓練は「呼吸法・クシビの法・気導法・玄創法(げんぞう=感性活性)・卜歩術(ぼくほ=心の言語使役法)」と呼ばれる五つの基礎修行法があり、これを総称して「宝珠五行(ほうじゅごぎょう)」と名を付けています。
これらの訓練は「四魂の萎縮防止と拡大・心と脳の連携の強化・心の言語を駆使する」という大きく分けて「三種」の要素を活性化する事にあるのです。
では何故「三種の要素を活性化しなければならないのか」と言うことについて簡単に話してみましょう。
まず四魂(しこん)について、四魂とは一般で言う「心」の事なのです。この四魂は何か嫌な事があると「簡単に縮まる」という特性があり、この状態が長く続くと個人の特性(性格)になってしまうことになり、これを心の萎縮と呼んでいます。
心が萎縮すると「猜疑心(自他に対し)・不安感・向上心の欠如(やる気が出てこない、学ぶ意欲)」等、慢性的に精神的苦痛状態となってしまいます。
心と脳の連環がスムーズにいかなければ「頭ではやらなければならないことが分かってはいるが、行動がともなわない・心の声を聞き上手く行動することができない」等、心と体の分離状態が生じてしまいます。
心の言語とは「イメージ」の事で、想像力や映像化と言い換えても良いでしょう。
この言語が未熟であると「第六感の欠如・記憶力の低下・思考力の低下・分析力の低下・善悪の判断不良・強い意志の欠如(事を達成する)・先を読むことが出来ない」等に繋がるのです。
これらの要素と上手く付き合うことが「人生をより良く過ごす」事に繋がるのではと考えるのですが、これらの要素を改善するためには「言葉や運動・薬」等では不十分な人もいます。
それを総合的に自身の力(他者の力では難しい・意志の力が働かない)で改善していくのが「宝珠五行」となります。
これらの理由により当会法術を「自己啓発」と位置づけているのです。
Q. 「法術は宗教ではない」と言うことですが、ではその理論は何なのですか?
A. 法術は本来人の持つ力を引き出し活用する技術体系だと考えてください。
人は経験し体得(悟り)した記憶は自動行動制御システムが働き意識しなくても身体が勝手に動作するようになっています。
それは「心が記憶し体得した要素(行動・思考等)については自動で流れる」ということであり、 法術はこの原理を応用しているのです。この事について簡単に説明しましょう。
まず、イメージで自身の姿を想像しそのイメージ上の自分に行動またはエネルギーの流れの動作を記憶させるようにします(瞑想)。
次に、イメージの自分(当会では主霊と呼称)と同じように実態(肉体)の自分も行動するようにするのです(型と言う)。それを繰り返しているいるうちに「実際に術を使役する場合が生じた時、訓練時のようにイメージを行わなくても型を実行するだけで心はエネルギーを瞑想時に体得したように放つ事になる」ということなのです。
つまり、もう一人の自分を瞑想によって構築し、その瞑想上の自分に型とそれに伴うエネルギーの流れを体得(悟り)させ、いざという時に現実の自分が心が体得した型を実際に演じることで、その演じた型に同調するようにエネルギーが流れる事になると言うことです。
これが法術理論のあらましなのですが、この理論は近代に考えられた訳ではなく古代から存在していて、それを現代に伝えているのです。
この理論は近年になり科学が証明してくれていて、例えば「梅干しを見ただけで唾液が出る」「酔っぱらって帰ったがその行程を記憶していないのに覚めたら家に帰っていた」「イメージで腕立て伏せを行ったところ、肉体もそれにともない変化していた」「イメージで病を攻撃していたら病が完治した」等世界にはこのような事が多々報告されているようです。
これらの原理を更に活用しているのが「法術」なのです。
Q. 入会手数料はかかりますか。
A. いいえ、入会手数料はかかりません。
毎月の受講料のみで最後まで教義していただけます。その他に、教義アイテムやイベント等、費用のかかるもののご案内もさせていただきますが、希望者の方のみに提供しているものです。
質問や相談等も無料で受け付けております。
Q. 途中で退会することは可能ですか。
A. はい、可能です。退会をご希望される場合は、お早めに当会事務局までご連絡ください。退会手数料等はかかりません。
休会制度もございます。教義の関係上、休会は1年間のみ有効です。1年を過ぎますと、自動的に退会となりますのでご注意ください。1年以内に再開できれば、何度休会しても構いません。Q. 一括払いにて全てのテキストで勉強させて頂くことは可能でしょうか?
A. 当会は段階的に教義を行うことで徐々に力を付けていく事を指導方針としているため、まとめてテキストを送ると言う事は行っていません。
それは書籍のように単なる読み物となり身につかないことによります。
残念ですが、一括でまとめて送ると言う事は行っていません。
Q. 人智学舎の名はシュタイナーと関係あるのですか?
A. シュタイナーさんと関係はありません。
よく聞かれるので人智学とシュタイナーさんとの関わりを少し説明しておきましょう。
一般に「人智学」という名はシュタイナーさんが最初に名付けたと伝えられているのですが、実際は少し違うのではと聞いています。シュタイナーさんが名を付けたのは「アントロポゾフィー」という名で日本語に訳すと「人類の叡智」となり、その元になっているのはブラバッキー婦人が一般に広めた「テオゾフィー」で日本では「神智学」として知られているようです。
これらの名は当人たちが付けたと言うより、翻訳した方がそのように名を付けたとも言えるでしょう。そのため日本にも支部があるようなのですが、その名は「普遍アントロポゾフィー協会(正式な名は異なっているかも知れません)」という名を継承し「人智学協会」という名は使っていないようです。
神智学や人智学という呼び名は「テオゾフィー・アントロポゾフィー」という書籍が日本で最初に発刊したときに翻訳者等の日本における関係者が付けた名であると考えています。
当会の「人智学」の考え方は「人の叡智は宇宙との繋がりにより、人の記憶と宇宙に遍満している力が合一し生まれる」事を理念において、その「人の叡智を体系として学ぶ」という意味で「人智学」と呼んでいます。
この考えは世界中に存在し呼び方もよく似ているため、それぞれの団体で使用されているようです。
ただし、名は同じでも中身は団体によりかなりの温度差があるようですが。
要するに「名というものは、それぞれの団体の考え方の象徴」ということであり「外国の書籍は翻訳により様々に変化するから原本をその書かれている言語で読むことが肝心である」と言うことでしょうか。特に形而上学は難解なため翻訳書ではなく言語で学ばないと勘違いや難しい本が更に難しくなることが多々あるのです。
Q. 「法術は海外には無く、形而上学は古代からの西洋哲学の一派で人智学とは関係無い」という人がいるのですが、どうなのでしょう?
A. そもそも法術は海外には無いと何をもって言っているのでしょう。
その方は法術が何か知ってて言っているのでしょうか?
分かりませんね。
法術は自己を高めることにより能力を磨く事を主として技術も「気導力・想念力・感能力」を術と法(理論)を中心に置いています。これが本質となります。
これと類似するモノが因果律を伴う魔術となります(悪魔崇拝では無く哲学の方=日本では法術も魔術として紹介されることがある)。
法術と言う呼び名は海外では派の固有名詞の前後に「グノーシス・ソフィー・ソフィア」などと様々に呼ばれているのですが、大体「伝承・叡智・智慧」などと呼ばれているようです(当然国により多数呼び名があるが本質はほぼ同じ)。
つまり法術は海外では「組織名グノーシスや組織名ソフィー」などと呼ばれていると言う事です(一例として)。
法術は海外から日本にもたらされたものであり、様々な固有名で呼ばれる事となります(本質を観て確認する)。その方は法術の本質を知らないため分からないだけなのです(文字だけ観て判断している?)。
形而上学はアリストテレスの「第一哲学(後の形而上学=この呼び名は比較的新しい)」が基となり普遍学としての存在論と神学に分けられているものです。
その内容は「世界の根本的成り立ちの理論で目に見えないモノについて考える哲学」となり、その中で「人の存在理由や意義等人に関する目視できない要素を研究する哲学」を当派が専門的教義の便宜上「第一哲学の存在論より人に関するものを人智学」と分類しているものです。
理由として古代には人に関する哲学は普遍学よりも神学が主であり人に対しての研究が神学的となっている(宗教が人に関しての研究を禁じていたためと考えられる)ため、物理的なものと比較して人に関する哲学は遅れることとなり現代において人に関する哲学を再考するための区分とするためとなります。
そもそも人智学という意味は「人の能力や知恵に付いてのことを考察するもの」であり当派の本質と一致するため使用しているものとなります。
一般的に「人間の叡智」という意味のアントロポゾフィーの書籍出版時日本訳として広まった人智学=シュタイナーと考えられているようですが、翻訳者がその様に翻訳し一般化して定着する事になったと考えられます。人智学はシュタイナーさんの専売特許ではありません。先の人智学と第一哲学の本質を参考として考えれば良いと想います。
そもそも人智学という公式哲学は存在しないと思います(一部の形而上組織が理念継承の証として使用している)。そのため組織がその理念(アリストテレスに対する尊敬の念を含む)において各々が名乗っているものです。
教義等に形而上学や人智学の説明をしているのは初めて教義を受ける方のために理解しやすいように簡単に要点を要約して記しているのです。
形而上学を理解されている方は人智学の事についてもその本質を理解しすぐに気づくと思うのですが。
以上となります。
Q. 教義書やホームページの説明でチベット神秘学の名があるのですが、これはどのようなものを指して言われているのでしょうか?
少し頭が混乱しているので教えていただければ幸いです。
A. はい、よく質問してくれました。
学びに疑問を残したまま先に進むより解決して進む方が大変有意義な事だと感じます。
それではその疑問に答えさせていただきます。
また、可能な限り理解しやすいように説明をしますが、分からないときには続けて質問して下さい。遠慮は無用です。
その前に少し補足説明をさせていただきます。
そもそも神秘学という呼称は上部オカルト(因果律を伴うオカルト=神秘哲学等とも呼ばれる)組織が独自の判断基準により名付けているもので当会にも独自の区分というものが存在します。
その理由は教義に関係するのです。
他者に教義を行う時にはその本質に意味づけして教える必要があるのです。そうしなければ教える側も教えられる側も難しくて初期段階でお手上げ状態になるでしょう。
その事から区分が必要となり本質をふまえたうえで新語を造り出し理解の助けとする必要があるのです(言語の進化)。
神秘学という呼称も現代には大分落ち着いてきたのですが、最初は誤解を生みそれを訂正するのが大変だったようです。
では神秘学以前は何と呼ばれていたのかと言えば「オカルト」と一括りにされ考えられていたようです。
オカルトとは当初「異端・法に背く(神に反抗する)」などと考えられ忌み嫌われていた時代もあったようです。
そのためオカルトという考え方を形而上の学問として捉えていた組織(因果律に添ったオカルト)が内部にて新しく定義を創り「異能者・人の能力を向上させるもの」等負のイメージから陽のイメージに切り替える事を行いある程度の成功をみたようです。
これも生徒に正しく教えるための手段となるのです。
つまり神秘学とは「因果律に基づき研究された人の能力を向上させる学び」でありその事を再定義することに成功したと考えれば良いと思います。
言い方を変えるならば「因果律に基づき構築されたオカルトを神秘学と呼ぶ」と言う事です。
この定義はその組織によって異なる事もある(定義はオカルト組織毎の教義により変えている)
当派は「因果律に基づくオカルト」として神秘学=上部オカルトとして名を付け認識区分している。
しかし、これでは「当派の理念で言うところの人智学と神秘学は同じではないか」と言う事になるでしょう。
しかし基軸部が異なるのです。神秘学は「神仏を基軸として自己鍛錬により精神向上に至る方法」であり、そこが形而上学(純粋自然哲学)と一部異なる点かもしれません。
この神秘学のことが書籍等を通して一般に広がると定義遊びをするようになり本質から外れることもよくあるので気を付ける事が肝要となります(オカルトの大衆化)。
さて話しが長くなりましたが以上の話しを押さえておかないと誤解する可能性もありますので説明させていただきました。
さてここからが質問に対する私の考えとなります。
チベットには大きく分けて二つの仏教勢力があるのです。
一つは「ラマ教」であり他方は「ボン教」と呼ばれるものとなります。
この教理を基として分かれた派が数派あり非常に複雑に教理が絡み合っているようです。
一つ一つを解説するのは物理的に無理なので質問の趣旨に従い主だったところのみ話しをさせていただきます。
ここの教義は大きく分けて密教教義と大乗教義(通常の教義)に分かれているようです。ただし明確に分かれているものではなく「大乗のなかに密教があり、密教の中に大乗が有る」と考えれば良いと思います。修行者がある程度の段階に入ると密教の修行に入るようですが、年数にして十年以上仏の教え(密教理論を含む)を学び師が認めた者のみ密教に入る(本格的実践修行)事が許されているようです。
この密教僧の行う修行形態を本質から観て神秘学(先の説明を参考)と呼んでいるのです。
オカルトの通説では「テオゾフィー」として伝えたブラバッキー婦人もその知識をチベット仏教から得たと考えられています。
この事はチベットだけではなくユダヤ教キリスト教等の主立った宗教には大衆部だけではなく秘密教義が存在すると伝えられています(派が継承しているため全体的には見えてこない=組織自体が巨大であるために起こる現象)。
この事を知った上でイスラエルやインド・エジプトにいき調べてみるのも面白いと思います(観光地説明では何も見えてこない。形而上の知識を十分に蓄えて行く事をお勧めします=その知識が無いと気づきが起きずに通り過ぎるだけとなる)。ただし現在チベットに行くときは渡航情報を良く見ていった方が良いでしょう(その他の国も同様)。
以上となりますが、説明不足と思われるところがあれば引き続き質問して下さい。
Q. 法術は、恋愛やアトピー治療に有効でしょうか、恋愛に効果のある法術は有りますか。
A. まずアトピーに関しては、アトピーなどのアレルギー過敏症の方は、免疫細胞の働きのスイッチが壊れているため、そのスイッチを治さなくてはなりません。
症状の度合いにもよりますが、法術によって改善してゆくことは可能ですが、時間と努力が必要です。
恋愛に関しては、何を「効果がある」とするか、それは人それぞれ考え方が違いますので有る無しはお答えできません。
しかし、考え方によって未来は大きく変わります。
自分の力で運命を変える。という事なのですが、それには性格(考え方)が大きな鍵となりますし、こちらも時間と努力が必要です。
当会では、それらを学ぶ教義を提供しているのです。
即効性のあるものは何一つありません。
Q. 人は心で動くという事ですが、脳はどうなるのでしょう。脳と心の関係について教えてください。
A. 心と脳の関係を一言で表すならば「脳は肉体と物質言語それと一時記憶を司り、更には星空間記憶(当会では神仙界と呼び、一般ではアーカシック・レコードと呼称している)との送受信機の役割も果たす」となり「心は太古からの経験の記憶を司ると共に、その経験を組み立て星空間からもたらされる太古からの経験の記憶を参考に思考を生み出す。その言語はイメージ(映像)である」と当会では考えています。
これらの事をメールで詳しく説明することは難しいですが、簡単な例を一つあげてみましょう。
本を読むときの心と脳の働きと区分で示します。
本に記されている言語(文字)を、まずは脳が認識することになります。このとき一時記憶である文字の意味や読みを脳は心の言語信号に変換し、変換された信号は心に到達しつつ心の言語であるイメージ(映像)へと変わるのです。コンピュータに詳しい人は「文字信号で送られて来た波長を心 (四魂の一つであるクシミタマの働き)が解凍し、映像波長で認識できるようにしている」と考えれば良いでしょう。
そのイメージにより心は経験し悟る(体得・この場合は本から導かれる教訓や感動という情動になる)事が可能となり、その教訓を脳にフィード・バックし、脳は心の言語(イメージ)を物質言語(文字や言葉)に変換し、肉体を持って本から得た教訓等を文字または物質言語として「人に話したり、日記に書いたりという行動を起こす」となります。
少し理解するのは難しいかもしれませんね。
これら精神的な事を学ぶには順番立てて学ぶ必要があり、心や脳を知るためには基礎的な知識から入らなければ困難かも知れません。
これらの知識は法術には欠かせないものであり、心と肉体(脳を含む)の繋がりと相互作用を研究しその集大成が「法術」であるのです。
法術は宗教ではないというのはこのためなのです。

法術の世界観
己を変える事により思考方も変わり
思考方が変わることにより
周りの環境に対する捉え方が異なる
その事により
目に見える世界から
見えない世界まで
その心に共鳴し
世界も異なって感じるようになる
さらに己が変化することで
周りの環境にも
さらなる変化を与える
この連綿とした流れの中で
心はこれまで体験したことのない
新たなる世界を観ることになる
地図/アクセス
アクセス
所在地 本部 兼 道場
長野県北安曇郡松川村5721-490